「わかりあえない」を超えるの本に「ニーズ」のキーワードが出てくる。
今の自分の、また相手のニーズは何なのか。
人間、生きていれば刺激があり、原因があり、そこから感情的になることもある。そこで、人と対立が芽生える。
今年度の子どもたちの中では、揉め事が多い。高学年から中学年へと移行し、その多さに辟易としている部分もある。だけども、きっとその子なりに「伝えたい思い」があり、「困っている、対処できない」から上手くいかない。その時こそ、通訳者としての存在でありたい。トラブルを解決する役割ではなく、その子のニーズを伝える役割だ。
「バスケで、ファールばかりしてつまらない!」
「それって、みんなとは楽しく遊びたかったってこと?」
「そう・・・」
コミュニケーションが取れるか、またその言葉の選択肢が増えていくか。自分の感情の動きや、内面にはあるが見えなくなって感情によって隠されていた部分を伴走者が紐解いていく。
「この子のニーズはなんだろう。どうしたら、この人は喜ぶのかな?」
そのアンテナが高まったとき、共同生活者としてのエンパワー力が増していく気がする。
自分には見えなかったものを、引き出す。その人の魅力を惹き出す。
私のニーズは…共に自由な関係で、温まること。
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