マザーテレサの言葉に、次のようなものがある。
「神様は私たちに成功してほしいなんておもっていません。ただ、挑戦することを望んでいるだけよ。」
聖書に、5つのパンと2匹の魚という話がある。
イエスの評判を聞いた民衆が、彼の話を聞きたいがために、弟子とイエスにずっとついてくる。それが、食事時になってもついてくるので、弟子たちはイエスに「帰らせてください」と頼む。
しかし、イエスは「あなたたちが、食事を用意しなさい」と受け応える。
弟子は、「民衆5000人以上もの人々に、食べ物は分け与えられません!」と言った。
そこでイエスは、その場にある食べ物、5つのパンと2匹の魚を持ってこさせ、その恵みに祈祷をした。そうすると、そのパンと魚はみるみる増えていき、5000人もの民衆のお腹を満たすほどとなった。
ここでイエスが弟子に伝えたかったことは、「何故、神から自分がされていることを、人にもしないのか」ということだ。「パンを増やせ」と言われたわけではない。自分の出来ることをすればいい。それが、神の御心のままに、という信仰を説きたかったのではないか。
マザーテレサは、「100人に食べ物を与えることが出来なくても、一人なら出来るでしょう」という言葉も残している。イエスのような奇跡の業を行うことは出来ないが、それでも隣人に思いを馳せることはできる。
「愛とは、大きな愛情をもって小さなことをすることです。」
これもマザーテレサの言葉だ。
人間、どうしても人よりも大きなものを望もうとする。比較をして、成功を求めたがる。成果が欲しくなる。だが、他人と比較して、結果だけを求める者は不幸だ。行く先は空虚に違いない。
神は、成功を求めていない。自分がそうしたいだけである。自分のできることで、挑戦し続ければいい。それは、「成功したい」という邪念との闘いでもある。人よりすごく見られたい。自分さえ上手くいけばいい。
だが、そこに平安はないだろう。
少しでも、自分自身を見失わないために挑戦し続ける。朝の起床時間を変えてみるだけでもいい。そうして見えてくる景色がある。その中に、他者のために生きる時間があれば、きっといつの間にか結果もついてくる。そうやって穏やかな一日を、毎日挑戦と変化を好んで行きていく。
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